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| 第四章[12] |
賑やかな笑い声が響いてくる天幕に一歩足を踏み入れた途端、きゃああと甲高い歓声があがる。 「おいしゃさま! ショウ、げんきになったんでしょ!」 「本当にありがとうございます!」 「これでまた、旅が続けられるよ」 「やっぱりすごいな用心棒は!」 声と共に押し寄せてきた年若い座員達にもみくちゃにされていると、背後から鋭い一喝が飛んだ。 「こら! きゃーきゃー騒ぐんじゃないよ!」 「ごめんなさあい」 しゅんとなる座員達、その中に混じっていた王女の頭をぼすっと叩いてから、手近な椅子に腰掛ける。ここまで歩き詰めだったところに急病人の治療とあって、さすがに少々くたびれていた。先を急ぐ旅でなければ、ここで一泊して体を休めたいところだが、そうもいくまい。 「お疲れのようだね。腹も空いてるだろう? 今、持ってこさせるから少し待っておくれね」 フィオーナの言葉に、誰かの腹がぐうと応える。途端にばつの悪そうな顔をする王女に、どっと笑う座員達。出会ってまだ二刻も経っていないが、気が合ったのか随分と打ち解けたようだ。 「ほら、さっさと持ってきておあげ。ああ、あんた達は外でお食べよ! 狭いんだから」 「分かってますよーだ」 「ローラも一緒に行く? 出来立てを味見させてくれるかもよ」 「分かった! 用心棒、ちょっと行ってくるぞ!」 わらわらと出て行く座員達。そうしてようやく静かになった天幕に、フィオーナの朗らかな笑い声が響く。 「面白い子だね、あんたの連れは」 「他人事なら面白いで済むんだけどな。あんなのに四六時中振り回されてみろ、たまったもんじゃないぜ」 溜息交じりの言葉にくすくすと笑いながら、真正面の椅子に座る。そしてフィオーナは、それで、と切り出した。 「ショウの具合だけれど、もう大丈夫なんだね?」 「ああ。だが、今は薬で落ち着いてるだけで、治った訳じゃない。もうしばらくはここに留まって休ませてやった方がいいだろうな」 分かった、と頷いて、フィオーナはようやく安堵の息を漏らした。 「本当に、あんたが通りがかってくれてよかったよ。この三日間、生きた心地がしなかった」 他の座員の手前、動揺は見せられない。おろおろする座員達を叱咤激励しながら、誰よりも不安に押しつぶされそうなのは彼女だったに違いない。 「座長ってのも大変だな。今度はあんたが倒れないでくれよ? 美人の診察は喜んで引き受けたいところだが、生憎と先を急ぐんでね」 からかうような労わりの言葉に、フィオーナはなんだい、と目を瞬かせた。 「急ぎの旅だったのかい? それは悪いことをしたね」 謝る彼女に手を振って、外から聞こえてくる楽しげな声に目を細める。 「ちょうど一休み入れようと思ってたところだったんだ。俺はともかく、あいつがへばってたからな」 ふむ、と小さく息をついて、意味ありげに微笑む南国の美女。訳ありなのはお見通しさ、と言わんばかりに片目を瞑り、 「あんたは仲間を助けてくれた。今度はあたしらが、あんた達の助けになろう」 黒曜石の如き瞳には、迷いも恐れもなく。その真摯な輝きに、思わず目を細める。 「……そりゃ助かるが、いいのか? ここにいるのはお尋ね者かもしれないんだぜ?」 わざと茶化すように言ってみると、フィオーナはぶはっと盛大に吹き出したあと、笑いの残る声でこう言った。 「見ず知らずの旅芸人のために足を止めてくれるようなお人よしのお尋ね者がいるんなら、お目にかかりたいもんだね」 目の前にいるぞ、とは流石に言えないので黙っていると、妖艶な美女はああおかしい、と涙を拭く仕草をしながら、近くの机から地図を引っ張り出した。 「ここが今いる村。これがあんた達の歩いてた旧街道だ。目的地はどこだい? 方向によっちゃ、乗せてってあげられるよ」 「とりあえずの目的地は……そうだな」 長い指が指し示す道を目で辿って行くと、見知った地名に行き当たる。 「エンリカ……そうだな。とりあえずエンリカまで行ければ……」 "氷原の町"エンリカ。そこは、海人と共存する水路の町。昨年の夏に氷結酒の買いつけに行かされた、思い出深い町だ。 「そりゃいい。うちの次の興行場所はエンリカの隣町だ」 紅く染められた爪が示すのは、シグルの町。そこからエンリカまでは整備された街道が通っている。 決まりだね、と指を鳴らして、フィオーナは立ち上がった。 「ショウが動かせないから本隊は移動できないが、買出し部隊だけでも先に行かせようと思ってたところだ。小さい荷馬車だけど、それでよかったら乗っていきな。二日もあればシグルの町だ。そこからエンリカまでは歩いて三日。それで間に合うかい?」 「十分だ。恩に着るぜ」 「それじゃあすぐに準備させるから、その間、昼飯でも食べてゆっくりしてておくれ」 その言葉を待っていたかのように、元気のいい声が天幕の入り口から響く。 「用心棒! 用心棒の分ももらってきたぞ! ほら、とても美味しそうだ! 早く食べよう」 やってきた王女の手には、美味そうな湯気が立つ皿がいくつも載った大きな盆。今にもひっくり返しそうなそれを慌てて受け取って机に並べていると、フィオーナにくすくすと笑われた。 「用心棒というよりはお父さんだねえ」 「言ってくれるなよ姐さん。落ち込むから」 思わず真顔で返してしまったら、更に笑われた。 「今日の料理当番はルイスか。あんた達、いい時に来たよ。一座きっての料理上手に当たったんだから、存分に堪能していっておくれ」 それじゃあまた、と手を振って、天幕の外に消えるフィオーナ。気風のいい姐さんだ、と呟きながら机の上を見渡せば、この辺りでは見かけない異国の料理の数々が、美味そうな匂いを漂わせている。 「ルイスは料理がものすごくうまいんだ。さっき味見させてもらったが、城の料理長にも引けをとらなかったぞ!」 すっかり一座の一員のような顔つきで喋る王女を、分かった分かったと宥めながら椅子に座らせる。 「いいから食べろ。食べながら、今後の予定を話すぞ」 「わ、分かった。いただきます」 姿勢を正して行儀よく食べ始める王女を横目に、平べったいパンを千切って挽肉の煮込みに突っ込むと、途端に制止の声が上がった。 「何してるんだ用心棒! 行儀が悪いぞ」 「これはこうやって食べるんだよ。いいからお前も早く食べろ」 本当か? と疑いの眼を向けてくる王女を尻目に、香辛料の効いた南国の料理に舌鼓を打つ。そうして料理が七割方片付いたところを見計らって、ラウルは再び口を開いた。 「いいか。フィオーナが馬車を出してくれるそうだ。それに乗って二日でシグルの町まで行く。そこから歩いて三日でエンリカ、更に一日歩けばトゥールの村。これで何日だ?」 えっとえっと、と指折り数えて、ぱあと顔を輝かせる王女。 「六日だ! 十分間に合うぞ! だったら――」 俄かに顔を曇らせ、そして王女は懇願するように言葉を続けた。 「――だったら、妹を探そう? 時間的には余裕があるんだ、まだこの辺りにいるのかもしれないし――」 ふう、と溜息をついて、ラウルは首を横に降った。 「駄目だ。昨日も言ったろう? ただでさえ守備隊の目が光ってるんだ。これから先、どんどん動き辛くなるだろう。ここで寄り道してたら、お前の誕生日までに城へ戻るのは難しくなる」 「でも!!」 「お前は何のためにここまで来た」 冷ややかな声、静かな黒い双眸に、ぐっと言葉を詰まらせる王女。 「色々な人間を巻き込んで、あっちこっちに迷惑かけて、それでもここまで来たのは何のためだ? 今、お前がしなきゃならないことはなんだ」 「分かってる! 分かってるんだ! でも! でも、妹は――あの子は今頃、どこかで泣いているぞ! お前から引き離されて、きっと泣いている!」 それは恐らく、胸の奥にずっと溜め込んでいた言葉。ルフィーリが何者かに連れ去られてから、それでも彼女を探そうとせずに先に進むことを選んだラウルへの――そして自分への、怒りと後悔、そして不安。 真珠のような涙が、握り締めた白い拳に落ちる。そんな王女の頭を乱暴に撫でて、ラウルは静かに口を開いた。 「ありがとな。あいつのこと、そんなに心配してくれて。でも大丈夫だ。――俺には、分かるんだよ」 「なに、がだ?」 はあ、と深く嘆息して、これだけは言いたくなかったんだがなあ、と項垂れるラウル。 「詳しい説明は面倒だから省くが……とある事件っつーか、あれはもう事故の類だよな。とにかく、ひょんなことがあってだな、それ以来、あいつと俺の心はつながってる、らしい。比喩じゃないぞ、事実だ。あいつが泣けば、俺には聞こえる。例えあいつが世界の果てにいたとしても、だ。だから、大丈夫だ。連れ去られてからこっち、あいつの泣き声は伝わってこない」 「ほんとう、か?」 「こんなこっぱずかしい嘘をつくか! だから安心して、旅を続けよう。あいつのことだ、もしかしたら先回りしてトゥールの村で待ってるかもしれないぞ」 おどけた調子で言ってやると、ようやく王女の顔に笑みが戻ってきた。 「はは、妹ならやりかねないな」 涙をごしごし擦りながら、くすくす笑う。その様子に内心ほっと息をついて、ラウルはそれにしても、と再びパンを千切った。 「ナジードのおっさんの言ってた、縁者だという男、ねえ……」 心当たりは一人だけいたが、身体的特徴が違いすぎる。と、ラウルを真似てパンを皿に突っ込もうとしていた王女が、そういえばと呟いた。 「前に妹が言っていたことがあったよな。ほら、セヴィヤの町で、どこかに行ってしまった妹を探しに行った時のことだ」 町外れまで探しに行った時、丘に一人佇んでいた少女は、『よばれた』と言っていた。その後の説明は要領を得なかったが、どうやら以前にも会ったことのある人物だと言いたかったようだ。 「――ネシウス、か。一体、何者なんだろうな」 あの暑苦しい炎の竜ならば、何か知っているかもしれないが、ここにアイシャがいない以上、こちらから連絡をとる手段はない。 「ま、ここで考えていても始まらないな。それより……あのチビもそうだが、お前の父親を心配しなくていいのか」 国王が何者かに襲われた。詰問する形で情報をくれた守備隊長ナジードは、それ以上詳しいことは語らなかった。いや、あの場ではあれ以上は語れなかったと言った方が正しい。 「勿論、父上のことは心配だ」 固い表情で答えるローラ。ナジードから衝撃の事実を突きつけられて以来、王女はこの話題を口に出さなかった。ルフィーリの失踪、守備隊との一悶着と、あまりにも立て続けに事が起こりすぎたからだと思っていたが、何か思うところがあったらしい。 「しかしナジードは、それ以上のことは言ってこなかった。それどころか、私達を逃がしてくれた、と思う。ということは少なくとも、至急戻らなければならないような事態ではないということだ」 それはまるで、自分に言い聞かせているような口調だった。もっとも、事実を確認する手立てがない以上、そう信じるしかない。 「ま、もしも本当にやばい状態なら、あのおっさんが何がしか言ってくるだろうしな。今はとにかく、先に進むしかないか」 「ああ! もう私は迷わない。先へ――真実へと、突き進む!」 そのためには腹ごしらえだ! と、鶏肉に齧りつく王女。その立ち直りの早さと豪快な食べっぷりに苦笑を浮かべれば、天幕の外からフィオーナの声がした。 「待たせたね! いつでも出発できるよ!」 「おう!」 |
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