「庭園」没原稿 その5


「うわ――」
 踏み出した先は、ただひたすらに白い世界。まるで全てが光の中に飲み込まれてしまったように、そこには空も大地も、何もない。
(あれ、この光景、どっかで見た覚えが……)
 ふと首を傾げた、その瞬間。
 目の前で弾ける眩い光。黄金の輝きが稲光のように空間を奔り、やがてそれは優美な姿へと変化していく。
 金色の鱗が見えた。穏やかな光を湛えた瞳が見えた。不思議な光沢のある翼をばさりと打ち振わせ、『それ』は何もない空中を踏み切って、一気に飛翔する。
(げっ……)
 何故だか嫌な予感がして、その場を離れようとしたが遅かった。
 遥か上空から、一目散に降りてくる金色の竜。急速に近づいてくる緑の双眸はどこか楽しげだったが、それに気づく余裕もなく。
「おまえ、ちょっと待て――!!!」
『らう!』

 どん。

「ぐぁっ」
 背中に走った衝撃に、呻き声が唇から漏れる。
「って、あれ?」
 ぱっと目を開ける。見えたのは薄暗い天井と、壊れた鎧戸の隙間から差し込む眩い光。そして、寝台から滑り落ちた布団と、そこから覗く小さな足。
「あいつっ!!」
 自身が床の上に転がっていることに気づいたラウルは、ばっと立ち上がって眉を吊り上げた。
「……このくそチビ!!」
 ここ数日、襲撃がなかったので油断していた。小さな侵略者はラウルの寝台にでーんと寝転がって、ふにゃふにゃと寝言を呟いている。
「お前、何度言ったら分かるんだ!」
 思わず怒鳴りつけるが、少女はまるで起きる気配がない。ならば実力行使、とばかりに腕を伸ばしかけて、ふと空っぽの寝台に目をやった。
 村人が作ってくれた小さな寝台。その枕元に転がっていた一冊の絵本を一瞥して、ああと呟く。
「これか」
 腕を伸ばし、絵本を取り上げる。美しい彩色の施された表紙には、『時の迷路』の文字。
 先日レオーナのところから借りてきたそれが、少女の最近のお気に入りなのだという。昨夜、寝る前に読んでくれとせがまれて、仕方なく読み聞かせたのだ。
「それで、あの夢か」
 不思議な庭園に紛れ込んだ子供が、迷路のようなそこで様々な人と時を越えた出会いを果たす。そんな内容だったはずだが、読み途中で彼女が寝てしまったため、結末を知ることが出来なかった。故に、あの突拍子もない結末と相成ったわけか。もっとも、少女の蹴りで中断されなければ、もうちょっとましな終わり方をしていたかもしれないが。
「やれやれ……」
 苦笑交じりのため息が漏れる。それにしても破天荒な夢だった。三人組はともかく、なぜあの養父までが若返っていたのか。それにあの――
「……誰だっけ?」
 もう一人、誰かに会ったような気がしたが、今となってはよく思い出せない。ただ、吹雪の中で抱きしめてくれた、その暖かさだけがじんわりと胸に残っている。
 もっとよく思い出そうとして、すぐにやめた、と首を振る。
「夢は夢だ」
 起きてしまえば、光の中に儚く溶けてしまうもの。
 それは、一時の幻。手を伸ばしたところで、掴むことなど出来やしない。
 それよりも、ラウルが今掴むべきものは、暖かな毛布もしくは上着だろう。
「うぅ、寒っ」
 まだ少し眠たかったが、この時間からでは二度寝を決め込むのは無理だ。仕方なく上着を羽織り、居間の暖炉に火を入れるべく移動しかけて、ふとあることを思いつく。
「せめてもの仕返し、だ!」
 壊れかけた鎧戸を一気に解放し、冷たい空気と清廉な朝の光を寝室へと呼び込む。
「起きろ、チビ――!!」
「ふぇっ!?」
 奇妙な声を上げて、ばっと飛び起きる少女。そして、してやったりと笑うラウルをきょとん、と見上げると、太陽と見まごうばかりの笑顔を覗かせた。
「らうっ! おはよっ!」
 その眩しさに思わず目を細め、次いで苦笑を浮かべる。
「ちぇ、全然堪えないのな、お前」
「こたえる、なに?」
 不思議そうに首を傾げる少女に何でもない、と手を振って、ラウルは居間へと続く扉を開けた。
「さあ、とっとと顔洗って来い! 飯の用意するぞ」
「らうっ! るふぃーり、おなかすいたっ!」
 不可思議な夢をくぐり抜けて。
 同じくらい不可思議な日常が、今日もまた幕を開ける。

終わり

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